演劇についてのあれこれ(その3)
発見と体験
- デミ
- お前なんか愛してない。だから追いまわさないでくれ。ライはどこだ、それから美しいハーミアは。一人は俺が殺す、そしてもう一人に殺される。周りは木ばっかりで、気が変になる。ついてくるなと言ってるんだ。
- ヘレナ
- ついて行ってるわけではないの。ひっぱられてるの。言ってみたらあんたの心は磁石で、わたしの心は忠実な鋼っていうことね。ほら、引っ張られてる、引っ張られてる。お願い、あんまり引っ張らないで。キャー! くっついちゃった。
- デミ
- くっつくな。離れろ。おまえはうっとおしい、わずらわしい。シッシ、あっちへいけ。
- ヘレナ
- ワン、ワン。わたしはあんたにまとわりつく犬なのよ。いいからぶって、蹴って。なにされてもいい。無視されてもいい、放っておかれてもいい。あんたが私を見るのもいやだってことはわかってる。でもせめて、そっと後をついていくのだけは、許してほしいの。見えないってことにすればいいじゃない。
- デミ
- 見えるんだよ、嫌でも。そして目に入るとムカムカしてくるんだ。
- ヘレナ
- わたしはあんたを見ていないとムカムカするの。
- デミ
- これ以上お前を嫌いにさせないでくれ。こんな夜の夜中、人けのない場所で、男をつけまわす。女の慎みはどうなってるんだ。大事なもの、なくしても責任は持たないぞ
- ヘレナ
- わたしはあんたのことを信じてるもん、何の心配もしてない。わたしはあんたを見てるだけで幸せなの。だって、わたしにとってあんたが全世界なんですもの。
- デミ
- ああ、やってられない。俺は逃げる。おまえなんか森のオオカミに食われてしまえ。
- ヘレナ
- 臆病が勇気をおいかる。お願いだから、置いて行かないで。
- デミ
- 離せ。今度、見つけたら、とことんひどい目にあわせるからな。(退場)
- ヘレナ
- これまでだって十分ひどい目にあわされたわ。ついて行こう。愛する人の手にかかって死ねるなら、それが幸せ!!(退場)
これは「夏の夜の夢」のデミートリアスとヘレナの件である。
ヘレナはワン、ワン。わたしはあんたにまとわりつく犬なのよと言う。
これはとっさに思いついて言った言葉だ。前もって準備していたわけではない。
ヘレナという役はない。ヘレナの人生があるだけだ。気がつくと、ヘレナの人生を生きている。そして、自分の知らない自分が、そんな戯言を口走っている。
言ってみたらあんたの心は磁石で、わたしの心は忠実な鋼っていうことね。ほら、引っ張られてる、引っ張られてる。お願い、あんまり引っ張らないで。キャー! くっついちゃった
思い返して、そんなことを言った自分を死ぬほど後悔する。しかし、気がつくと、もっと馬鹿なことをやっている自分を発見する。それがヘレナの落ちいってしまった状況である。だとすれば、その状況を自分が生きるしかない。
気がつくと、自分の中に隠れていた自分が暴走し、それを引き止めることが出来ない。
シェイクスピアは、自分の中の、そんな自分を取り出して、解き放っているのだ。
それは役ではない。人間だ。
そしてその言葉をしゃべるのは、俳優自身である。
俳優は、自分の中にもそんな自分がいることを発見する。
シェイクスピアが俳優に求めているのは、そのことだ。
思い浮かべる。思い浮かべると、思い浮かんだ情景がいてもたってもいられなくさせる。心臓が胸を突き破るほど、高鳴っている。
観客がみたいのは、その高鳴っている心である。
思い浮かべるという想像が、高鳴るという現実を作り出す。
その発見と体験が俳優の仕事である。
自分にしゃべらせる。
そう思えばいいのである。
そう思って、この台詞をしゃべってみて。
- ヘレナ
- 見えないってことにすればいいじゃない。
- デミ
- 見えるんだよ、嫌でも。そして目に入るとムカムカしてくるんだ。
- ヘレナ
- わたしはあんたを見ていないとムカムカするの。
俳優は一生懸命その気持ちになろうと四苦八苦する。
気持ちは外にはない。
自分の中にある。
演じる必要はない。
取り出せばいい、それだけのことだ。