笹部博司の演劇・舞台製作会社

演劇についてのあれこれ(その4)

今、心に起こっていること

ロザリンド
あそこにいるのがその人?
ル・ボー
さようでございます。
シーリア
まあ、ステキ、若くていい男。
フレデリック公爵
お前たちには大して面白いものではないぞ。この男が強すぎるのだ。挑戦者があまりに若いので、何とか思いとどまらせようとしたのだが、聞く耳を持たん。お前たちから話してみてくれ、思いなおすかもしれん。
シーリア
ここへお呼びして、ムッシュ・ル・ボー。
フレデリック公爵
そうしてくれ、私ははずしていよう。
ル・ボー
挑戦者の方、お姫様方がお呼びです。
オーランドー
謹んでお言葉を承ります。
ロザリンド
あなたなの、チャールズに挑戦なさったのは?
オーランドー
いいえ、美しい人、あの男の傲慢にわたしは自分をぶつけてみたい、そう思ったのです。
シーリア
お若い方、それは無謀ってものよ。結果は見えてるわ。私たちはそれを見たくはありません。二人してお願いします、ご自身のためです、身の安全を第一に、この試合はおやめください。
ロザリンド
どうかそうしてください。あなたの評判に傷はつきません。公爵には私たちからお願いして、試合は中止にしていただきます。
オーランドー
なんて失礼で馬鹿な奴なんでしょう。こんなにも美しくすぐれたご婦人がたのお言葉に背こうとするなんて。まったく私の罪は救いがたい。しかし許されますなら、お二人のお美しい目とお優しいお気持ちを支えに試練に立ち向かわせてください。もし私が敗れたとしても、これまで運に見放されてきた男が一人恥をかくだけのこと。殺されたとしても、死ぬことを望んでいる男が一人その望みを手に入れるだけのこと。そうなっても友達に迷惑をかけはしません。私の死を悲しんでくれる友達など一人もいないのですから。また世の中に害を加えるわけでもない、どうせこの世に何一つ持っていないのですから。私はこの世界で一人分の場所をふさいでいるだけの男です。そこが空(から)になれば、もっとましな人間が埋めてくれるでしょう。
ロザリンド
わたしのわずかな力を、全部差し出して、あなたにあげたい。
シーリア
私の力もそれに添えるわ。
ロザリンド
お願い、生き延びて。みんなの予想を裏切って。

やはりシェイクスピアの作品が一番、役に立つ。具体的でわかりやすく、実利的なのだ。
これは「お気に召すまま」のロザリンドとオーランドーの出会いの場面である。
芝居が始まって15分くらいで、このセリフが出て来る。

ロザリンド
あそこにいるのがその人?

注意深く読むと、それまでのすべての言葉が、この言葉のためだったと気がつく。
オーランドーは父親が死んで、家督を継いだ兄に憎まれ、一切を奪われ奴隷同然の生活に絶望し、死んでしまいたいという思いに駆られ、公爵お抱えの不敗のレスラー、チャールズへの挑戦を決意する。兄は父親に愛され、すべてにおいて自分より優れている弟が疎ましく、憎しみの塊である。そして相手のレスラー、チャールズに弟がどんなに卑劣かを吹き込み、殺意をあおる。もう一組の兄弟、公爵と、兄の公爵を追い出し、公爵の地位と財産を手にした弟フレデリック。ロザリンドは、追い出された兄の娘、シーリアは追い出した弟の娘、フレデリックは自分の娘が、ロザリンドという光の横で、影としての存在に甘んじているのが我慢できない。しかし、いとこ同士のロザリンドとシーリアは堅い愛と友情で結ばれている。
さまざまな思惑が、ロザリンドとオーランドの出会いによって一気に過熱する。
まさに見事というしかない展開である。
その着火点がこの台詞なのだ。

ロザリンド
あそこにいるのがその人?

どうか、この一言をよく見つめて欲しい。その言葉の心の奥を。
ロザリンドは目の前の青年を見て、たちまち恋に落ちる。
そして気がつく。
これからこの場所で、レスリングが行われる。そしてその青年は、これまで相手をことごとく半身不随にしてきた情け無用のチャールズの相手である。万が一にも生き残るチャンスはない。
出会った愛は、これから死ぬのだ。震える心が言う。

ロザリンド
あそこにいるのがその人?(あそこにいるわたしが恋したあの人は、これから死ぬ運命にあるとみんなが噂しているその人なの

オーランドーも同様に、ロザリンドに恋をしている。
オーランドーの心も震えている。
目の前の女性に、恋をした。
しかし、自分は死ぬ。その言葉は、二人が交わす、最初で最後の言葉だ。

オーランドー
なんて失礼で馬鹿な奴なんでしょう。こんなにも美しくすぐれたご婦人がたのお言葉に背こうとするなんて。まったく私の罪は救いがたい。しかし許されますなら、お二人のお美しい目とお優しいお気持ちを支えに試練に立ち向かわせてください。もし私が敗れたとしても、これまで運に見放されてきた男が一人恥をかくだけのこと。殺されたとしても、死ぬことを望んでいる男が一人その望みを手に入れるだけのこと。そうなっても友達に迷惑をかけはしません。私の死を悲しんでくれる友達など一人もいないのですから。また世の中に害を加えるわけでもない、どうせこの世に何一つ持っていないのですから。私はこの世界で一人分の場所をふさいでいるだけの男です、そこが空(から)になれば、もっとましな人間が埋めてくれるでしょう。

シェイクスピアの言葉は常に、今、その瞬間、心に起こったことを語っている。
オーランドーのこの言葉は、心から零れ落ちるように語られる。
だとすれば、俳優も、この言葉を、自分の心の中から零れ落ちるように語らねばならない。まさに今、生まれて来る心と共に語らねばならない。
演技とは今、心に起こっていることである
舞台の上に必要なのは出来事である。
作りものの心で、それらしく演じられる芝居はいらない。
今まさに生まれた想いが、心のときめきが、その言葉をしゃべっている、
作りものではない、本物の心がしゃべる言葉、そんな芝居が観たい。、
では、その本物の心はどこにあるのか。
それは隠れている。
そう、大切なものはすべて隠れているのだ。

  1. 本心は準備できない
  2. 知らない自分
  3. 発見と体験
  4. 今、心に起こっていること
  5. To be, or not to be, that is the question.
  6. 井上芳雄の「夜と霧」
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  9. 三國連太郎の座長
  10. 矢崎滋と角野卓造の「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」
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