笹部博司の演劇・舞台製作会社

演劇についてのあれこれ(その5)

To be, or not to be, that is the question.

ハムレット
先に行くか、やめるか、それが問題だ。
どちらがこの心にふさわしいのか
耐え忍ぶのか、戦うのか、さあ、どっちだ。
それとも、消えてしまうか。
死は眠りに過ぎない。眠りへ入ると、心の痛みも、肉体につきまとう数知れない苦しみからも逃れられる。
それこそ、願ってもないことだ。
死ぬ、眠る・・・眠ると夢が待っている。そこが気にかかる。
一体、死という眠りの中でどんな夢が待ち受けているのか。
やっと幕が下りた、これでおしまい、そう思った矢先、
まだ先があると告げられる。
幕は自分では下ろすことが出来ない。
神が定めた場所までたどり着かないと、幕は下りない。
そう思うから、この辛い人生を終わりにはできない、
そして生き続ける。
でなければ、誰が我慢するものか、
有象無象のはびこる世間
高慢無礼な権力者
不実な恋、だらだらと長いばかりの裁判
役人の横柄
ものがわかった人間は黙り込み
くだらぬ輩は言いたい放題
そんなこの世とはさっさとおさらばしたい
短剣の一突きがすべてを終わりにできる
まともな人間なら誰だってそう思う
何のための我慢だ、何のための忍耐だ、
この先行っても、いいことなんか何もない
不愉快と忍耐ばかりが待ち受けている
だが死んだらどこへ行くのか
何が待ち受けているか
そう思うと、気持ちがゆらぐ
そしてまた、果てしなく続くがれきの坂を重い足取りで登りはじめる。
見たこともない世界で苦労するよりは、まだしも生まれ落ちたこの世で苦労したほうがましだ。
こうして心に起きたためらいが決意を押しとどめ、決意は臆病へと姿を変える。
行動へと突き進むべき決意は、青ざめた思考に染められ、
たちまち萎れ、歴史を変えるべき重大な企ても、実行の時を逸してしまうことになる。
なぜ、そこに!
美しいオフィーリア、森の妖精
その祈りの中に俺の罪の許しも込めてくれ。

もっとも有名な台詞といっても過言ではない。
「生か死かそれが問題だ」と訳されてきた。
苦難の人生の中で、悩み苦しみ、生と死のはざまを生きるハムレットを、迫真の演技で演じる俳優に、観客は拍手喝采を送った。
何度も読んでみた。手に入る限りの翻訳に目を通した。そして英語はさっぱりだけれど、原文を辞書を片手に一言一言確認した。
読めば読むほど、ハムレットは悩んでいるようには思えない。
見えてきたのは、シェイクスピアその人である。
シェイクスピアは今、現在自分が思っていることを、ハムレットを通して語っているのだ。
そしてその思いは、そっくり自分の中にもあることに気づいた。

生きていたいのか、死んじゃいたいのかどっちだと自問してみる。
この世は煩わしいことが山積だ。
えいと、思い切って短剣で胸を一突き、それで厄介からバイバイ。
それが正直な気持ちだ。
でも死ぬってどういうことなんだろう。
永遠の眠りってことだ。
眠りねエ。
眠りには夢がつきものだ。
死んだつもりで寝てると、夢の中で人生が続いてる。
そして肩を叩かれる。まだ終わってないぞ。
え、どういうこと。死んだはずなのに、まだ先があるの。
そうか、命は神の手にあるのか。
自分で終わらせることが出来るっていうのは、幻想だ。
何があろうが、生き続ける、それが人間だ。
でも、人生ってうまくいかないよね。
こうしようと心に決意しても、いざとなると何も出来ない自分がいる。
失敗と後悔ばっかり。でも人生は続く。
それにしてもつい考えてしまうのは、愛するひとのこと。
どうしてるんだろう、オフィーリアは。
そう思ったら、オフィーリアがいた。
お願いだから、助けてよ、オフィーリア!

まあ、そういうところだろうか。
これはそんな特別なことではない。誰だって考えることだ。
それを深刻で大げさな演技で見せられたくはない。
むしろハムレットは今の自分の心をのぞき込み、一つの結論を導き出しているにすぎない。
命は神の手にある。いかに望まない現実だとしても、生きていくしかない。
頑張れ、負けるなと自分を励ましているのだ。

順風満帆だったハムレットの人生は、父親の死と共に暗転する。
見えないものが見えてくる。
追従とおべっかばかりの宮廷、女性の鏡だと思われた母親の不倫、四面楚歌の中でハムレットははけ口のない怒りを、自分の中にため込むばかりである。
そこに父親の亡霊が現われ、自分の死の真相を告げ、こう命じる。
復讐せよ、しかし心は穢すな
復讐は殺人を意味し、殺人を犯しながら、心を穢さずにいられるのか。
それは謂わば、父親が息子の教えた、これから始まる人生ゲームのルールである。
「ハムレット」という作品は、すべてが人生と演劇が二重に重ねてある。
生きるということは、罪を犯すことである。罪を犯しながら、果たして心を穢さずにいられるのか。
演劇というのは、嘘の世界だ。その嘘の中から、真実を作り出すことは出来るのか。
そして死を前にして、こう思う。
雀一羽落ちるのも神の摂理だ
人生という筋書きはすでに書かれている。
起こることが待ち受けている。
すべては必然だ。
その中に自らを投げ込み、神の意志にゆだねる。
そして最後の言葉。
後は沈黙
後は沈黙というのは、もう言うべきことがないということだ。
心の中は空っぽで、もう何もない。
つまり、自分は人生を全うし、神の定めた場所にたどり着いた。
もうしゃべる台詞は残されていない。
ハムレットを演じるというのは、自分の持てるイメージのすべてを、ハムレットの架空の人生の中で使い果たし、「後は沈黙」という言葉の充実にたどり着くということではないだろうか。

  1. 本心は準備できない
  2. 知らない自分
  3. 発見と体験
  4. 今、心に起こっていること
  5. To be, or not to be, that is the question.
  6. 井上芳雄の「夜と霧」
  7. 上白石萌歌の「星の王子さま」
  8. 一羽の鳩
  9. 三國連太郎の座長
  10. 矢崎滋と角野卓造の「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」
  11. 高畑淳子のサー・トービー
  12. 白石加代子のアンジー
  13. 「オイディプス」