演劇についてのあれこれ(その12)
白石加代子のアンジー
今でもね、アンジーが夢の中に出てくるのよと白石加代子は言った。
真情は心の奥に隠れている。そして、アンジーはまさに白石加代子の真情だった。
あいつ、死んじまえばいいのに
それがアンジーの第一声である。
イギリスの女流劇作家キャリル・チャーチル作「トップガールズ」(翻訳安達紫帆)、アンジーはその中に出てくる16歳の少女である。彼女がこの作品を発表したのは1980年の初頭、ちょうどマーガレット・サッチャーが宰相になった次の年。
待ち望んだ国家のトップガール。しかし彼女は極点な右寄りの考えを持つ政治家だった。それをどう考えればいいのか。
サッチャーの登場がこの作品を書く一つのきっかけであったことは間違いない。
都会と田舎、富と貧困、社会は二極化し、キャリル・チャーチルはその見捨てられたシンボルとして、知恵遅れの愛に飢えた孤独な少女を書いた。
産みの母親は娘を捨てて都会へ行き、人材派遣会社のトップの地位を手に入れる。
田舎では姉が妹の産んだ子供を自分の子供として育てている。
出口のない貧しい場所で、理由のない怒りを抱え鬱屈した日々を過ごしているアンジー。
そして、あいつ(育ての母)を憎み、忘れた頃お土産をもって現れるマーリーンおばさん(母親)に憧れを抱いている。
ある時、アンジーは意を決して、母親の職場を訪ねる。
マーリーン(范文雀)は、職を求めてやってくる女の素質を見極めて、的確な場所に派遣するのが仕事である。
- アンジー
- こんにちは。
- マーリーン
- お約束してらっしゃいます?
- アンジー
- あの、あたし、あたし、来ちゃった。
- マーリーン
- えっ? もしかして、アンジー?
- アンジー
- ここ探すの大変で、道迷っちゃった。
- マーリーン
- お母さんは?
- アンジー
- ママはうちにいるわ。
- マーリーン
- 一人?
- アンジー
- そう、一人。
- マーリーン
- それで、なにしに来たの?ロンドン塔の見物?
- アンジー
- ここに来ただけ。おばさんに会いたくて。
- マーリーン
- まあ、嬉しいわ、おばさんをわざわざ訪ねてくるなんて。でも運が悪いわね、今日私とっても忙しいの。暇な日だったらお昼を食べに行ったり、人形館に行ったり、買い物にも行けるんだけど。何時に帰らなきゃならないの?往復切符買ってあるんでしょう?
- アンジー
- あたし、バスで来たの。
- マーリーン
- 何時のバス?今夜は泊まるつもりなの?
- アンジー
- そう。
- マーリーン
- 誰のところに泊まるつもりなの?今夜は私のとこに泊めてほしいってこと、かしら?
- アンジー
- そう、お願いします。
- マーリーン
- 私のとこ、予備のベッドがないの。
- アンジー
- あたし、床の上でも眠れるから。
- マーリーン
- じゃあ、どれくらい私のところに泊まっていくつもりなの?
- アンジー
- おばさん、去年うちに来た時のこと覚えてる?
- マーリーン
- ええ、楽しかったわね。
- アンジー
- あの日はあたしの一生で最高の日だった。
- マーリーン
- で、どれくらい泊まっていくつもりなの?
- アンジー
- 泊まっちゃいけない?
- マーリーン
- 違うの、そんなことないのよ。ただどうするのかと思って。
- アンジー
- いけないんなら、あたし泊まらない。
- マーリーン
- いいのよ、泊まっていっていいの。
- アンジー
- あたし、床に寝るから。絶対に迷惑かけないから。
- マーリーン
- 興奮しないで。
- アンジー
- 興奮してない、してない。だから、心配しないで。
白石加代子はこの少女を心の底から愛していた。
待ちくたびれたアンジーは、オフィスのソファで眠ってしまう。
- マーリーン
- この娘、寝てるの?
- ウィン
- 彼女、ここで働きたいって言ってた。
- マーリーン
- スーパーの包装係がいいところだわ。
- ウィン
- いい娘じゃない。
- マーリーン
- ちょっと足りなのよ。それに、ちょっとおかしい。見込みないわね、この娘には。
母と娘の会話としては、残酷で悲しい。
1990年の「メアリー・ステュアート」以降、白石加代子でたくさんの舞台を作った。
その中でも、白石加代子のアンジーはとても強烈な印象を残している。
目の輝きが不穏で不気味だった。あの目の輝きは、白石加代子の記憶が隠し持った感情だ。
「トップガールズ」の最後はこうだ。
その日マーリーンは生まれた家を訪れた。
舞台は、アンジーが「あの日はあたしの一生で最高の日だった」と言った日に逆戻る。
マーリーンは、アンジーを巡って姉のジョイス(緑魔子)と激しく言い争いをした。
へとへとになって、姉が用意したソファに体を横たえようとしたとき、寝ぼけたアンジーは入ってくる。
- アンジー
- ママ?
- マーリーン
- アンジー? どうしたの?
- アンジー
- ママ?
- マーリーン
- 違うわ、ママはもうベッドよ。私はマーリーンおばさんよ。
悪い夢でも見たの? 夢で何かあったの? もう目が覚めてるんだから、大丈夫よ、ね、アンジー。- アンジー
- 怖い。
キャリル・チャーチルの戯曲は本当に巧妙だ。言葉が二重三重の意味を持つ。
この芝居の上演は1992年、東京芸術劇場。出演は范文雀、緑魔子、銀粉蝶、白石加代子、松金よね子、田根楽子、塩田朋子、濃いキャスティングだったなあと今も思う。
蜷川幸雄が言った。
加代ちゃん、タイテーニアは妖精の女王なの、加代ちゃんのタイテーニアはどっちかと言えば、妖怪の女王だよ
稽古場からの帰りの車の中で加代ちゃんは言った。
蜷川さんのタイテーニアは土から出てくるんだ。土から出てくるんだから妖怪じゃないか
白石加代子のタイテーニアはロンドンの観客を圧倒した。
市村正親と白石加代子で、スティーブン・キングの「ミザリー」を舞台化した本を上演した。やはり、白石加代子の体から不気味が漂った。軽妙でコミカルな市村正親と狂気の中にも切なさがある白石加代子、この二人の組み合わせは今思っても絶妙だったなと思っている。映画はキャシー・ベイツのアニーが有名だか、白石加代子のアニーも捨てがたい。
クリュタイメストラは娘エレクトラにこう言う。
私だって自分のしたことがいいとは思ってない。気が付いたら、ここにいるの。いつ、どこでどう迷ったんだろう。今となってはもうわからない。私もね、一生懸命やって来たのよ。みんなによかれと思ってね。でも気がついたら、今の自分がここにいる
このセリフを白石加代子がどうしゃべるかが問題だった。
実はこんなセリフは、エウリピデスにもソフォクレスにもない。実は「マクベス」のセリフだ。
このセリフは、自分の今現在だ。クリュタイメストラの今現在と、白石加代子の今現在が重なってはじめてしゃべれる。
白石加代子はまさに今自分の思っていることとして、この言葉をしゃべった。
クリュタイメストラは白石加代子、エレクトラは高畑充希――素晴らしい母と娘だった。
- エレクトラ
- マントをかけるわ。このマントで母さんの傷口を隠すわ。母さん、あなたのこのお腹の中から、あなたを殺すものが生まれてきた。エレクトラ、それがそのものの名前よ、それが母さんを殺したものの名前なの・・・エレクトラ。その昔、あなたは優しい母だった。姉さんのイピゲネイアも、私も、妹のクリュソテミスも、そして弟のオレステスも、みんなあなたが大好きだった。母さんは誰よりも美しく、それが自慢でまとわりついた。お父様のことも大好きだった。私たちは、強いお父様が誇りだった。そして、あなたたちは本当に仲睦ましい夫婦だった。二人は深く愛し合っていた。穏やかで、笑いに満ち、幸せだった日々。ああ、子供のころを思い出す。懐かしい日々、美しい日々。ああ、母さん。あんなにも大きな憎しみがどこにもない。今、この胸の中にあるのはあなたへの愛だけ。
白石加代子のことを語り始めると切りがない。でもいくら語っても、届かない何かがある。
白石加代子は永遠のミステリーだ。だからつい白石加代子の企画を考えている自分がいる。